2017年12月31日日曜日

大晦日には・・・

本当は何もしたくないのですが、娘と嫁さんのリクエストに従って食料品の買い出しの運転手として働かせて頂きました。

まずは娘と息子の寝ているうちに駅の目の前の成城石井で焼肉とワインを買い込みました。それでもゲットできないものを更に斜向かいのMaxValuで追加で買い足してまず肉関係は終了。

次は家に一旦帰って全員でイオンモールに行き一階の食料品売場で諸々の食材を買い足しました。まあ、正直言うと食材というより食料そのものですね。何と言ってもそれによって嫁さんが手を抜ける訳ですから、今年最後の私からのプレゼントとでも言いましょうか。

家に戻って後はゆっくりと言いたいところですが、実際のところ病院からの連絡を受けながらいろいろと対応することもありました。それでもいつもに比べれば非常にゆったりした状況で、大変にリラックスしていました。次女に至ってはほとんどナメクジのような生活で、リビングルームの主としてAmerican Lazy Girlとでも言うべき何か別の生き物として生きておりました。orz

年越しの時間が迫ってくるに連れて嫁さんがソワソワ。w
何をそんなに慌てているのかわからないのですが、まあそれが彼女流なのでしょう。この手の”行事”に非常に敏感ですので、何かあると遠足前の子供のようになってしまうのも、物事の節目をつけるという意味ではその対極にあるダラダラ人間の私とは良いペアなのだと思います。

さて、年越しの瞬間は毎度のごとく若水を飲みました。
しかし、この若水・・・wikiでその由来や地方による風習の差をよく読むと現代の男性には少し困った風習のような気も致します。w

さてさて、2018年はどうなりますやら・・・。
家族と日本の安全を願いたい一家の主でございます。

2017年12月30日土曜日

ちょっとだけ大掃除

我が家には収納家具というものがほぼありません。

ですから、以前も書いたキッチンボードが必要なのですが、それも今年は揃えること無く少しづつきれいに綺麗にという日々でした。それでも、一年の終わる前くらいは更に少しだけでも片付けておこうということで嫁さんと二人で大掃除の真似事を致しました。

基本的には食器の片付けと本の再整理なんですが、物理的収納限界の壁の前に始めて一時間ほどで断念。素直に来年に賭けることと致しました。w

ところで、今年は何が私にとってのビッグイベントだったかということを記憶のために記しておこうかと思います。敢えて3つ挙げるとすれば以下のものでしょうか。
  1. 嫁さんと息子という家族の一部メンバーの帰国
  2. 次女の大学合格
  3. 長女の職場でのプロモーション
いろいろと慌ただしい一年でしたが、取り敢えず家族の誰もが怪我や病気をせずに無事に過ごした一年となったのは何よりも素晴らしいことでした。更に言えば、その変化のすべてがポジティブな変化であったこと。
来年も是非、そういうものであって欲しいものだと願わずにはおれません。

皆様の2018年が素晴らしい発展の年でありますように!

2017年12月29日金曜日

ふるさと納税滑り込み〜

今年も本当に”例の如く”ギリギリのギリギリでふるさと納税を行いました。

もう夏くらいから、帰国してきた嫁さんに「ふるさと納税とは何か」を説明し、何を選ぶべきかちまちまと研究させていたのですが、試しに出させた品々のあまりの還元率のショボさと、食品へのこだわりにダメ出しをして今年も私がこれで行く!と言ったモノに決定いたしました。

昨年は「ふるさと納税の結末」で選んだものでしたが、今年はちょっとスパルタンなものにしました。VRが余裕で使えるマウス・コンピュータのゲーミング向けデスクトップパソコン「NEXTGEAR i670PA1-SP-IIYAMA」というカスタマイズド・バージョンを選びました。
実売価格だと、多分26〜27万程度と考えられるので、還元率としてはほぼ半分と考えて良いかと思われます。

自分が特に今、VR(拡張現実)をやる訳でもないのですが、色々なレビューを読んでいると、いわゆる”VR酔い”というのは、実際の画像の処理速度が頭部の動きに追いつかないことで起きてくるズレが原因となって発生してくることが殆んどということでしたので、高解像度であっても現時点で考えられる最高のパフォーマンスを発揮できるグラボであるGeForceGTX1080Tiを搭載する370基盤のものであれば、比較的容易にSLI構成に出来ますので、期待大だと思われます。

問題はOculus RiftかViveの何れのゴーグルを掛けてプレイするかということですが、まずは3万台で買えるような32インチのDisplayを購入して、それで仕事が捗るのを確認してから次に進もうと考えています。

それにしても、去年は総務省の余計な指導でPC関連の返礼品が大幅に減ったことで、今年はどうなることやらと心配しておりましたが、まだまだPCを作る地元の方々は地元産のPCをチューン・アップしてまで返礼品にリストアップしてくださっており、私的には大変に感謝感激と言う状態です。

年末には到底到着しませんが、年明けの遅いお年玉ということで腰を据えてジックリと待つことに致しましょう。

2017年12月28日木曜日

日本で娘が熱中しているあるもの

今回の日本訪問で下の娘が新たな喜びを見出しているのはクレーンゲームです。

金銭的被害者は私と言いたいところですが、比較的効率良くターゲットを取れているようです。以下はその戦利品なのですが、一個だけ私が取ってあげて取り敢えず父の体面を保つことが出来たものがありました。
左からクレヨンしんちゃんのシロ。次がミニオンのスチュアート。次がMonster's Inc.のマイクで、その手前にいるのが豆柴、よくLINEのスタンプに登場してまいります。最後が御存知ドラえもんなのですが、これは私がモリコロパークで観覧車に乗った直後にサクッと取った唯一のもの(娘が取れていなかったのを横から手出しして取った取ってあげたもの)。

後は娘がアメリカの大学のdormの友達の為に狙って取ったもので、それぞれ数百円で取れております。ところが、、、本日私めがやらかしてしまいました!

カビゴンの貯金箱ボックスが景品として入っている箱があったのですが、上に小さな人形の入っているトレイがあって、それを引っ掛け式で落とすことで下の床がスコッと開いて景品のカビゴンを落とすという単純な、しかし繊細なゲームが有りました。

その貯金箱が何気に欲しくてやり始めたらドツボに嵌ってしまい、数ミリずつ動くのを見るのに百円使う感じで気がつけば千五百円以上それに入れ込んで且つ取れてないという状況。最後に一回換金した千円札が消えたところで嫁さんと二人で溜息を付いて終了といたしました。orz

本当に馬鹿ですね。”射幸心とは何か”というのを己の金を少額なりとも溶かすことで再確認した年末でした。

2017年12月27日水曜日

そんな結婚最初からすんな!

今日はあるドクターと相当直(違う科同士のドクターの当直)となりました。

その時にソファに座って伺った諸々のお話の中で私には結構ショッキングな話が出てきました。
医者が結婚している相手というのは比較的医療関係者が多くて、看護師さんや女医さん等というのがその結婚相手と言う人が多いんですね。(因みに私は違いますが・・・。)

その先生の場合は、ある病院で知り合った女医さんだとのことなのですが、結婚して既に十数年。家庭内では完全別居状態。洗濯物は洗ってもらえず、夕食も御主人が居ないときは外のレストランのデリバリーをオーダーすると言う。朝飯だけは簡単なハムエッグみたいなのが毎日出てくるらしいのですが、そもそも晩飯は作らないとのことで、買ってきた惣菜なんかが並ぶだけ・・・。orz

あと、息子に猫を飼ってあげればいいという女医の奥さんの助言に従って(反対したが押し切られたという)猫を飼ったはいいが結局ウンチの処理も餌やりも水やりも全て御主人の仕事という。

子供はママの機嫌伺いをする男の子に育ったらしく、今度中学受験をする為に毎日のように塾に行っているらしいのですが、その送り迎えも仕事が終わった後の御主人の仕事とか。更にはその女医さんは週に二、三回バイトに行っているらしいのですが、その収入は一切他人には使わせず、生活費は家のローンも含め全部が御主人の支払いとのこと。

その先生がその結婚に至るまでにその女医の上司であった部長から「あの女だけはやめとけ」と強く釘を差されたとのことだったのですが、結局のところ結婚をしてしまい・・・というありがちの男女の仲に至ったようです。

先生曰く「僕の人生はもう無かったものと思ってます・・・」と力無く言われるので、私は「いやいやいやいや!先生これからです。さっさとそんな嫁さんブチ捨てて別居開始すりゃいいです。子供さんには悪いけど、もうその子供さんは奥さんの毒でやられているから無かったものと諦めて奥さんに渡すしか無いですよ。」「五年別居したら法的にも離婚できるし。他にイイ女なんてゴマンと居りますぞ。」と熱弁を振るったところ、「そうですか。うーん、どうしようかな〜。ワハハ。」と力無く笑っておられました。

話を更に聞いていると、奥さん自身も御主人が帰ってこないほうが楽しいと言うし、先生御自身も当直のときが気楽で楽しいという・・・。もう終わっとりますな夫婦としては。
この先生大変真面目な方なのですが、私としては直ちに離婚されて第二の人生を歩まれることを心の底より祈っております。

世の中にはもっともっとイイ女はゴマンと居るし、家庭というのは帰っていく時に楽しいところであるべきですゾ!

2017年12月26日火曜日

娘の声がデカくて・・・

今日は仕事が終わったあと家族みんなで居酒屋に行きました。

この前既に嫁さんと息子とを連れて行ってウイスキーのボトルキープもしてきた店ですので、味は既に確認済み。
初雪の降った名古屋の道を親子四人連れ立って藤が丘の方へ歩いていきました。それにしても空気が冷たいし、風がちょっとでも吹くと体の中に寒さが染み込んできます。

店の中に入るとホカホカの空気が体を温めてくれます。すぐに席に着いて飲み物から注文開始。次々に飲み物が、そして更にその後は注文した品の数々が並んでいきながら家族内だけで通じる様々な話。同時にそれぞれの料理の寸評を加えながら嫁さんと次女が大笑いをしながらじゃれあっていました。

それにしても二人とも声がデカイ!特に次女の声は滅茶苦茶デカくて思わず「ちょっとちょっと」と言ってしまいました。声のでかい人に悪い人は居ないとは良く言いますが、何だかよくわからないこの二人の親子二代に分る盛り上がりにはついていけず、息子はジュースを私はウイスキーを粛々と飲みながらこの賑やかな二人を眺めておりました。

まあ、周りの人達も何だかやたらと盛り上がっていたので目立つことはなかったのですが、若いっていうのはエネルギーが有り余るってことなんですね。

何のかんので美味しい美味しいと言いながらチューハイを6種類も飲みきった次女にお父さんは少し驚いたのでした。

2017年12月25日月曜日

クリスマス感ゼロのクリスマス

アメリカから家族が帰ってきて初のクリスマスでしたが、全くクリスマス感がありませんでした。

アメリカに居たときは寒空の下、どこへ行ってもツリーがあってそれらしい音楽が流れて・・・というのが常態だったんですが、それでもその裏にある商業主義が見え隠れしていて、楽しみつつもなんとなく傍観しているって言う感じをもっていました。

日本だとイブのほうが若人たちには大切で、いろいろな行事を”無理して”頑張る!という印象が強いのですが、そのイブも我々夫婦の中では既に昔語り。その時のことは嫁さんの記憶の中では強く印象づけられているのに、私の中では”そんな事もあったっけ”くらいに薄れてしまっており、なんとも申し訳ない次第です。w

子供達が大きくなる過程で、季節もののパーティー企画という感じでの年末行事のクリスマスパティーがなくなってると、我が家では行事好きの嫁さんがいそいそと飾り付けをする以外は誰も動かず何も変わりません。では、嫁さんと長男が日本に帰ってきた今年何が起きたかというと、家のウインドウにペタッと貼り付けるオーナメントが登場してきたのと、100円ショップで入手してきたらしいセルロイド製のサンタの飾り、後はアメリカから持って帰ってきた靴下をフックする鉄製の飾りが登場したことくらいでしょうか。

本当は日本でもツリーを買って飾りたかったらしく、イオンモールとかに連れ立っていく度に「ねえ、クリスマスツリー買おうよ!」の繰り返し。しかし、我が家はまだ家を片付けるための大事なアイテムが揃っていない段階ですので、来年までは待ち給え、という事で今年はなし。ということは、家が片付いたら来年からはもしかして大きな邪魔な木が家に来るのかな?

何はともあれ、人が沢山集まってのクリスマス会もあったことですし、誰も現時点では文句は言えませんよね。人が集まって楽しく過ごせる空間と時間という素晴らしいチャンスがあること自体に感謝です。

2017年12月24日日曜日

またもやフラフラ

土日は私の当直でも何でもない日だったのですが、死ぬほど疲れる2日間となりました。

病院には二日間連続で御高齢の先生が当直されているのですが、夜中にその先生を起こすとか緊急事態の発生時にその先生に依頼をするとかとても無理なレベルの御高齢の先生なのです。という訳で、この先生が当直をされているときには実質的に我々は家でスタンバイしているような状況。

これでは実質的に先生はただ寝ているだけに等しいのですが、まあ、そこはそこカバーアップ出来るうちはなんとか我々も文句を言わず助けるしかありません。
以前、副院長がやんわりと”当直からの引退”をsuggestしたところ、「続けさせてくれんか・・・」と懇願されたとのことで、現在に至っております。w

もし他の方にお話するとあまりにリアルに驚かれるので、ここに実年齢は書き込めないのですが、かけ算九九ではout of rangeになってしまう御歳とだけ書いておきましょう。

というわけで、この二日間は家に居て酒も呑めず、遠くに行く事もなく家族と近距離の移動をするのみでじっとしておりました。しかし、実際には前日にレベル低下した方のケアで何度も呼び出されて泊まり込む始末。当直室は御高齢の先生に占拠されておりますので、私は医局のソファでゴロ寝をしつつ時々呼び出されてそのまま朝を迎える始末。

おまけに、翌日朝に家に帰って家族と揃ってモリコロパークを散歩していた時にも別の病棟から電話がかかってきて病棟へ戻る事に。家族には申し訳ないと思いつつも、たまたま観覧車に乗り終えた後で犬の散歩も終えていたのですぐに家族も納得してくれました。

それにしても、夜は随分眠かったですね〜。
オッサンも体力と相談しながらの仕事になっております。

2017年12月23日土曜日

両親九州へ帰る

今日は九州から来ていた両親を飛行場から見送った日でした。

出発前に長久手のイオンに皆で行って食事をしたのですが、あまり長く歩き回っても、後期高齢者の親が疲れるだけですので、早めに切り上げての帰宅となりました。

嫁さん、実は今回の来名では私が仕事で居なかった間に親父からいろいろと初期認知症の母ちゃんの話を聞いていたようですが、その話を聞いていると、どうも私の知っている”昔の母ちゃん”そのもので、果たして本当にどこまでボケているのかなと言う印象も受けました。orz

昔から金のハンドリングが上手くなかった、、、というか無駄遣いの多かった母親なんですが、今では隣にぴったしくっついている親父がガッチリ金銭出納をしている為、その”無駄遣い”が表に出てくることがなかなか無いようです。
最近は右膝の変形性膝関節症があるようで、歩くのに少したどたどしさがでてきても居ますが、そんな母ちゃんのワガママを聞きながらもしっかり支える親父を見ていると、若かった頃の「激しい喧嘩ばかり」の両親の記憶が強い私なんですが、夫婦も50年以上一緒にいるとこういう化学変化も起きてくるんでしょうね。

三時過ぎに娘と長男も一緒に車に乗せてセントレアに向かいましたが、チケットの処理は私がさせて頂いて、セキュリティ・チェックのコーナーへ誘導しましたが、ここで皆でハグをしてアメリカ式のお別れ。

ところが・・・見送りを続けていると面白いことがそのコーナーで発生しておりました。
なんと金属探知機のエリアでピコピコとレッドランプが光っております。よく見ると親父が両手を捕虜のように挙げて探知機を体中でスキャンされていました。w

しかも、その後ろでは指示も受けていない母親が勝手に金属探知機をくぐってはこれまた赤いランプを光らせて混乱を増大させておりました。orz
しかし、それでも二分ほどでゲートの向こうの混乱も収集したようで、爺さん婆さんが大きく手を振って笑っていました。

いつまでも元気でいて欲しいな〜って、最近特に思うようになったバカ息子でした。

2017年12月22日金曜日

クリスマス会

今日は(我が家にしては)大人数でのクリスマスパーティーとなりました。

いつも看護学の勉強を教えていた女性の家族も家に呼んでのパーティーでしたので、9人でワイガヤとなりました。
五時半に集まることになっていたのですが、ケーキのピックアップの手違いで少し遅く始まりましたが、お寿司、ケンタッキー・フライドチキン、ベトナム料理のフォー、餃子、マッシュドポテト諸々がテーブルの上に載る状態。

座る椅子も足りず、我々大人の三人は少し立って準備をしつつ食べるような状況でした。
チビちゃん達は二人いたのですが、我々も沢山のおもちゃを準備して居ましたので、食事の一段落した後に渡したおもちゃでは、それこそこちらが驚くくらいの喜び様で大興奮状態。8歳の女の子にはプリキュア関連のものを幾つか、5歳の男の子にはベイブレードとポケモンのガチャシステムを渡していきました。

私と嫁さんからのものと私のジジババからのものとを次々に渡す度にアキレス腱が切れんか?と言うくらい部屋を跳ね回る始末。送ったこちらがわもここまで喜んでくれるとは思ってもおりませんでした。
爺さん婆さんも目を細めて「かわいい、かわいい」という始末。これは曾孫が生まれたらきっと大変ですな〜。

ベイブレードは開封した瞬間から大変な興奮で、一時間以上すべてを忘れて姉と弟の二人のチビちゃん達が駒をバトルステーションでぶつけて闘い合っておりました。最後は子供らしくお母さんに「いい加減にしなさ〜〜〜〜い」と怒られて一件落着。w

こんなに喜んでもらえるなら来年もまたこんなパーティーをせなアカンな!と、嫁さんと確認し合った夜となりました。

2017年12月21日木曜日

ビックリお祝い

今日も仕事中にLINE。

「夜は何食べる?XXが日本の焼肉食べたいって言ってるよ〜」とのこと。(XXはもちろん次女。)という訳で、私の意志には関係なく今晩のご飯は焼肉で決まりのようです。

仕事が終わってそのまま車をタワーパークに入れ家に上がると、既に家族全員が今まさに靴を履こうかという勢いで玄関口で待っているではないですか・・・。私は仕方なくバックパックだけを家の中に入れてすぐに一階に降りて近所の店に歩き始めました。

店では掘り炬燵のテーブルに案内されて6人で食べましたが、もうこれ以上入らん!と言うくらい全員で食べました。ゆっくり大量に胃袋に入れた後は家までまたゆっくりと歩いてワイワイガヤガヤと話しながら寒空の下を帰宅しました。

ちょっと驚いたのですが、家に帰って嫁さんからコッソリと耳打ちされたのは田舎の両親が娘と嫁さんにそれぞれオッ!と言う金額のお祝いをくれたという”ヒミツ”情報でした。
なかなか今まで出逢うことが出来ずに、あげたくてもあげられなかった大学入学のお祝いが次女へのもの。そして、久しぶりに会った嫁には”お小遣い”という名目でくれたらしく、「私には言うなよ。;-)」という文言付きでのプレゼントだったようです。

おまけにお正月のお年玉をも前もって追加で頂いたとのこと・・・。うちの両親は、一体全体今までどこにそんな金を隠していたのでしょうか。私は今まで一度も見たことがないのですが?私にはどうやらオヒネリはないようですな。orz

2017年12月20日水曜日

次女が来日

遂に次女が来日しました。

この前帰ってきたばっかりでしょうが!と言いたいのですが、日本が大好きなんだそうです。orz
そういう移動には、お父さんが沢山お金を使わないわけ無いんですけど、わかってますかね・・・?

仕事を終えてセントレアへ向かうと少しだけ飛行機は遅延していました。それでも暫く待っていると娘が登場。少しふくよかになった感じで出てきました。;-)

高速に乗って家へ着くと、私の両親と嫁さん、そして二匹の小動物が娘の登場を心待ちにしていました。婆さんと爺さんは数年ぶりに見る大学生になった孫娘に涙を流さんばかりに喜んでいました。
娘は娘で私の母親とは波長が合う”ちょっと変な人”系の感性をもっておりますので、ウマが合うことこの上なし。ゲラゲラと笑いあって喜びを分かち合っておりました。

世代を飛び越えて、ソックリの感性をもった女子同士が国を超えて邂逅するというのはやはり遺伝子のなせる技なのでしょうね。わかってはいても不思議なものです。

早速食卓を囲んでこれまたいろいろな話に花が咲きました。

正直なところ、滅茶苦茶な方向音痴の次女がどうやって日本まで帰ってくるのか私としては”謎”なのですが、そこのところを本人に尋ねてみると、答えは実に簡単で「わからんくなったら人に聞いた」とのこと。何の仕掛けもございませんでした。w

明日からの約二週間とちょっと、一体この娘は何をして日本をエンジョイしていくのか。ま、親父の余計な心配ですな。

2017年12月19日火曜日

俺の居ぬ間に・・・

嫁さんと私の両親は大変仲が良い。

普通はテレビドラマ的には息子の実家の母親は息子の嫁とは仲が悪くて〜と言うパターンだと思うのですが、何故か我が家では実家の両親は我が嫁を応援しており、何かあるとすぐに嫁さんの肩を持つという、最後は”3対1で俺の負け”というパターンが定着してしまっております。

私自身は気にもしていないのですが、名古屋に来た初日に車を運転している時にその話をして文句をつぶやいたところ、後部座席の母親から「あんたの負け」と一言言われて終わりでした。あくまで私は悪者のようで。w

病院で仕事をしているとLINEがピコーンと鳴りましたので、画面を調べると嫁さんから写真とテキストが入ってきていました。どうやら外でいつもは食べないような”美味しいもの”を食べているところを私に報告してきたようです。

私は仕事、あんたは外で実家のジジババと美味いもの巡りですか?と言いたいところですが、まあ特に羨ましくもなんともないので温かい目で見るしかありません。姑と嫁が仲が良いのは、揉め事が減る分、家族にとっては良いことでしょうし。

兎にも角にも、名古屋に両親が居て私が仕事で何もしてあげられない間は、その相手をしてくれているわけですから、私としては彼女には大感謝しなければなりませんね。

この土曜日にはもう田舎に帰ってしまいます。ジジババ夫婦にはなるべくいろいろなところへ行ってもらい、いろいろなことをして愉しんで貰えばそれで良しとしましょう。

2017年12月18日月曜日

54年目の結婚写真

先日チラッと書いたのですが、両親を名古屋に迎えての本当の目的を達成する日が来ました。

三時半過ぎには仕事を切り上げさせてもらい、家に向かいました。朝の出勤時に今日の夕方に着込む事になる息子と私の分のスーツと靴は車に積み込んでありましたので、あとは両親と嫁さんと息子を写真スタジオに連れて行くだけです。
両親の婚礼衣装は前もって三種類ずつ候補を絞り込んでありますから、その中から選んでもらうことになります。

到着したのは予定より10分ほど早い4時20分頃。それからスタジオのお姉さんたちが、本日のスケジュール説明をしてくれましたが、この時点でもまだ今日の撮影が何のためなのかは教えていませんでした。

二階に上がってドアを開け、婚礼衣装の並んでいる部屋へ入ったところでやっとこさ嫁さんが口を開いて説明をはじめました。「実は、今日はお父さんとお母さんの結婚式の写真を・・・」と言ったきり涙ぐんでしまって言葉になりません。
親父はそれを聞いて逆に爆笑。まあ、そういう面でのデリカシーの欠片も無い田舎者ですので、そんな反応もあるだろうとは思っておりましたので、私には想定内の反応。orz

それでも、若かった頃に金がなくて撮れなかった写真を撮って、54年目に”人生の節目”を一つ付けてもらうことにしました。実際に暫く外で待っているうちに我々自身もスーツやドレスを着ることにしました。
やがて二階に呼ばれて行くと、顔は多少老けているものの、綺麗に化粧された母ちゃんとびしっとスーツを着込んだ親父が立っておりました。

スタジオの中に入っていって様々なポーズを取りながら我々も一緒に入ったショットを混ぜて全部で55枚ほど写真を撮りました。
スタジオの中では親父と母ちゃんが発する訳のわからない会話で皆がお笑い。それを聞いている実の息子の方は寒くて仕方がないのですが、そこは場の空気を乱さないように我慢我慢です。

30分程度だったでしょうか、全ての写真を撮り終えて皆が私服に再度着替えて下のモニター前でワイワイガヤガヤと騒ぎながら五枚の写真を選び出し、アルバムの色を最後に決めて全て終了。(母ちゃんは何とショッキングピンクを選びました。親父はのけぞっていましたが。w)

仕上がりはちょうど一ヶ月ごとのことでしたが、大変楽しみですね。金額は四万弱でしたが、プロに払った価値ある投資だと思えました。

家に戻ると今度は全員が揃って藤が丘で一番好きな焼き鳥屋へ行きました。大量の串をたのみながらも皆でグイグイ呑んで家族内だけで通じるような昔話に花が咲きまくりました。
その中で本当に驚いたのは、ある時期の親父は無茶苦茶危ない奴だったということでしょうか。中学生の頃をピークとして、子供だからこそ捕まらなかったような、ダイナマイトやバッテリーを使ったやばい魚取りや、鉄橋の上での命がけの危ない遊びをしていた話を聞いてめまいがしました。

今までの私の親父観というのは”石橋を叩いても渡らないし、そもそも石橋自体を叩かない”慎重な人間だと思っていたのですが・・・。いろいろと危ない輩という意味ではやっぱり俺は親父の血を継いでるんでしょうかね。

情報収集という意味でいろいろと収穫の大きな一日でした。

2017年12月17日日曜日

両親が名古屋に

今回チケットを買って実家の両親に名古屋に来てもらいました。

日曜なので、仕事に関係なく迎えに行くことが出来ます。今朝は多分はじめての名古屋市内での降雪だったのですが、それも気合は入っていなくて、アッと言う間に溶ける感じの弱いやつ。取り敢えず飛行場に行く道すがらは何も問題ありませんでした。

飛行場に着いて国内線の出口で待っていると、向こうの方からまず親父が、その次にはピグモンのように小さな母親が出てきました。荷物を私が全部持って、パーキング・デッキまで出て名古屋の家まで高速で一直線に戻りました。

家に着くと息子と嫁さんが両親を迎えてくれました。嫁さん達としては四年半ぶりの再会。実際どうなるかと思いましたが、自閉症の息子もジジババの事をキチンと覚えていたようで、恥ずかしそうな顔をしていました。

何というか家族の再会というのは良いもんですね。

それにしても久しぶりに出会った親父は白髪は大幅に増えているし、母ちゃんは母ちゃんで随分と顔が丸くなっているしで、かなり顔が変わったな〜と思ったのでした。見ていると両親は相変わらずの関係で、 「オマエは」「あんたは」とそれぞれを非難しながらも、実に仲が良い感じで・・・何なんでしょうねこの二人は?

若い頃の恐ろしいほどの仲の悪さが今ではビックリするほどの仲の良さ。昔は虎同志が噛み合うような激しい喧嘩を繰り返していたのですが、歳を経て何が彼らを変えてしまったのでしょうか。考えれば考えるほど不思議ですな・・・。

2017年12月16日土曜日

意外と良いけど?

両親の来名にあわせて、息子のスーツを作ったのは良いのですが、その他の小道具も安くで手に入れようということになりました。

嫁さんのアイデアは比較的近所にあるBookOffで二階にある古着のショップに小道具があるんじゃないか?というものでした。日本においてはヤフオクやメルカリが登場するまでは実質的に中古の物流を取り扱う唯一のメジャープレーヤーでしたが、実際にそこに行って何かを探すということは私自身はありませんでした。

アメリカに居た頃は娘達も嫁さんも始終Goodwillで古着を買ったりドネイションしていましたので、その事自体には全く心理的障壁はありません。今回日本に帰国したことで、実際に日本ではどうかということを確認する良い機会でした。

車に乗ってブックオフに到着すると、二階にある古着コーナーへ一直線。ところが嫁さんは安くて質の良い日本の古着を見てしまって、いきなり本来の目的を忘れ”オノレの”古着を探し始めました。w

待つこと約十分、いろいろと候補の古着や靴を探した後、私に見せ続けたのですが、私としてはほぼ完全に新品であった靴以外は納得いかず、私自身が納得した「これはどう?」という候補を逆に嫁さんにオファーして即座に「可愛い〜!」と満足してもらえましたので、コート二点と靴を買って会計を済ませたところ何と1,500円!!。

嫁さんも驚いて、なんでそんなに安いんかと思ったら実は今日から半額セール。道理で安いはずです。
それにしても、実際に手に入れたのはビックリ高品質のある有名ブランド。一体全体幾らで仕入れているのやら?これでは売り手は全く金にはなってないはずで、ブックオフ事態が利益を上げているとすれば、間違いなく捨て値で買い取られているはず。

まあ、買い取る方の私達としてはそれで買えるのであれば、きれいな品をサクッと買ってクリーニングに出せばよいだけのことですので、大助かりですが。

今回のショッピングが終了して、嫁さん随分とこの店とシステムが気に入ったとのことでした。スポンサーは私なんですけどね。orz

2017年12月15日金曜日

成し遂げる人

今日、知り合いからある人物の日常について話を聞きました。この人はこの人物の小さい頃から一緒にいた方なんですね。前にもちょっとだけここで書いた人物なんですが。

それで彼女の話を聞いた感想は「ああ、あの人ヤッパリこんなに変わってたんだ・・・」という、なんというか納得感。
但し、この”或る人”というのは誰もが知る偉人レベルの人物ですけど、その話を聞くとヤッパリいわゆる変人で確定!という日常なんですね。

友達は居なかった、日焼けは疲労を助長するから絶対にしない、同じものしか食べない、でっかいショッピングセンターに行っても何かを探す事は決してせず、最初に買うと決めていたものだけを買ったらもう家へ帰ってオワリ。
自分の人生の目標に向かって一心不乱に進むのみで他のことは一切顧みず、興味もないというのは、いわゆる”普通の人”から見るとどう考えても変人かつ如何にも話かけづらい雰囲気の持ち主。

しかし、その人が成功というものを得た暁には全てが一瞬にしてエピソードと言う名前の話に変換されるようなことばかりです。世の中の各分野に数多いる天才達にも驚くようなエピソードは数限りなく伝えられていますが、彼もその列伝の中に入ること間違い無し。但し、亡くなった後では更に驚くようなお話が溢れ出てくるのでしょうが。

天才たちというのは、やはり普通の人達がうごめく世の中かというのは生き辛いのでしょうか。珍獣、孤高の人であるが故の他からは理解されない特異な行動や思考様式。昔はそれだけでも、排斥されたり殺されたりする理由になっていたのかもしれません。

変な人が変なままいきいきと生きる事のできる多様性を、幅広く受け入れる環境を探すのは”日本では”難しいことでしょう。

2017年12月14日木曜日

嫁さんの指摘

いろいろなことをする時にそのアクションのとり方が”下の娘と私”が似ているとのこと。

私はそのようなことを感じたり考えたことは無かったのですが、基本的に何かを始めるまで「ギリギリまでアクションをとらない」という点なんだそうです。
確かにそう言われてみると、下の娘は私に似てそういうところがあり、宿題でも試験勉強でもほぼ常にヘッドスライディングで滑り込んでいくというところは否定できませんね・・・。

いつも「もっと早くから始めれば!」と嫁さんから激しく追い立てられるのですが、「大丈夫〜!」と言う魔法の言葉で逃げ回っている我々二人です。長女もそういう感じの人間だったのですが、大学入ってからはスッカリ変わってしまいました。

アメリカの大学教育は人間のベースの部分を磨いてくれるんですかね?

下の娘はペンを取って何かをするという、紙の上で物事を処理する件に関しては絵でも言葉でも何やかやとうだうだ進めるのですが、興味のないことに関してどうしても体も心も全く動かない怠け者ですね。
しかし、これは私も同じような生き物なので、下の娘にこういった事に関して非難めいたことを言う資格は余りないんですよね。正直なところ。

それでも、ヤッパリ親としては言わんとあかんシーンはごく稀ではありますんで、内心嫌々ではありますが、嫁さんの怒りを鎮めるために怒らざるをえないときがございます。w

どうでも良いけどすべてが自分の責任で動くように早く大学出てくれんかな。

2017年12月13日水曜日

田舎から来たでっかい荷物

あと数日で実家の両親が名古屋にやってきます。

今回の来名にあたって両親に一つだけ質問をして、あるものを送ってもらうように頼みました。それは自分達が来た時に使う薄手の掛け布団だったのですが・・・。実家から送られてきたのは見事にトンチンカンなものでした。orz

嫁さんが家にいたとき、ピンポーンとエントランスのベルが鳴ったので、モニタを見るとJPの人が立っていたとのこと。解錠して上へあがってもらう時に玄関で待っていた彼女の耳に入ってきたのは”ゴロゴロゴロ”という明らかに台車を転がす音だったそうです。

それもそのはず、玄関先に現れたのは巨大な巨大なダンボール箱だったのです。その到着のことは早速LINEで仕事場の私に伝えられたのですが、私は予め嫁さんに言っておきました。「リクエストしたものが箱の中に入っていない方に全財産!w」と。

こう言い切れるのは、田舎から毎度毎度送られてくる使途不明の様々なものが今まであまりに多かったという事実なんですね。田舎の両親、特に私の母親というのは全く人の話を聞かず”自分が良いと思ったもの”を特に何の脈絡もなく送りつけてくるのでした。

例えば、自分が今まで着ていた(過去形、かつ母ちゃんは特に背が低いかつ年寄り臭い)古着を、うちの嫁さんに送りつけてくるのです。アメリカに居た頃からこの調子で、中身は殆ど(言っちゃ悪いけど)地元の商店街から送られたタオルとか、なんの興味も喚起しないような(他人から貰った)ゴミ同然の本などなのですが、親父の注意も怒りも全く通じず、高い金をかけて送ってきたのでした。

ですから、今回もまあ、悪いけど何の期待もしていなかったので、怒りも湧かずただただ自分のネガティブな賭けが当たったことに苦笑い。
うちの親父曰く、”頭がオカシイ”という、私からすると至極まっとうな評論をするのですが、老い先短い母親の自己満足として最近は何も言わず許しているようです。夫婦もこうなってくると、もう許すではなくて赦すと言う感じなんでしょうね。

もちろん掛け布団など一枚も中に入っておりませんでしたとさ!(因みに中にはいっていたのはクリスマスの飾りとまたまた無数のタオル。w)

2017年12月12日火曜日

死ぬまで酒を飲む人達

日本に帰ってきてこの12月でほぼ四年ですが、その間に肝硬変末期の患者さん達を十数人診ています。

そのうちの7、8人はアルコール過飲による肝硬変。
御本人方がアルコールを飲みすぎるようになった原因はそれぞれ違っていて、一人の方は料理人をされていた時に、周囲の人間達に「強い、強い」と言われていい気になっているうちに酒が本当に止められなくなってしまい、気がついたときには飯もおかずも何も食わずに酒だけを飲み続ける日々となってしまって仕事も失ってしまったという人。

他の一人は複雑な家庭事情から逃れるために酒を呑むという、本人曰く「自棄(やけ)酒」で体を壊してしまったという方でした。お話を伺うと、確かに生まれ落ちた初日からいきなりのハード・モードでのスタートで、ただの貧乏人の倅だった自分等とはいろいろな意味で”育っていく為の条件”がキツ過ぎて・・・。

淡々とされる話を聞いていると、一体どこの国の話だろうと言いたくなるような物凄い生育環境だったようで、肝臓をぶっ壊すまで酒を飲みすぎることを擁護するものではありませんが、「なるほど、これはキツイ」と同意したくなるような半生を送ってきたようです。

またある時は、本当に末期の最後の数日だろうというような患者さんが最重症の患者さん達が入る1号室の部屋を抜け出して、真っ黒な皮膚を晒したまま病衣一枚で近所のコンビニに出かけていったあと、缶酎ハイを袋に入れて病室の前で呆然とした姿で立っていたこともありました。
治療の開始前に、あれほど「一生懸命治療しますから、Xさんも頑張れますね!?」と話したときにはウンウンと頷いて涙を流していたのですが、その呆然とした姿を見つけて私が驚いて駆け寄ると「もう死んでもいいから呑ませて」と懇願されたこともありました。

嗜むと言うレベルで飲酒が止まればいいのですが、そこは人間。ある一定の条件が揃うと、ある一定の確率でヒトはアルコールの魔力に負けて向こう側の世界へ行ってしまうようです。嫌酒剤や精神科医からのサポートなどいろいろな方法を使ったあとでも、結局のところそれをやめるか否かは本人の強い意志。

最後の段階になってしまうと内科医のできることは本当に限られてしまいます。医師としてアルコール過飲を止めてあげられないことに無力感を味わうことの多いアルコール性肝硬変末期の患者さん達がいます。

2017年12月11日月曜日

ポケモンのアップデート

数日前より出現している新ポケモンの数々。

知り合いのチビ助達のあいだでは医者としてではなく”ポケモン先生”ということで名が通っておりますが、今回のアップデートで再びそのアドバンテージを拡げたような気がしました。(単に私がスマホを持っているから先走れるだけの話ですが・・・。)

新しい要素として加えられたお天気と連動したポケモンの出現比率の変更と新しいシリーズのポケモン追加は、間違いなく多くの人ポケモンマニアの関心を誘っているようで、結構色々なサイトで多くの人の興味を引いているのがわかりますし、実際に道行く人々もオジサンを中心にかなり皆が頑張って新しいポケモンを探しているのがスマホ越しに見えます。w

実際のところ、このゲームは”外でのお散歩を促す”ことが大変重要な目的ですので、まさしくそのターゲット層であるおっさん達(俺も含めて)がガンガン歩くのは良いことだと素直に思います。
多くの時間をオフィスの中のデスクワークで過ごしている人達にとって、ほんのちょこっとでも歩く距離を伸ばさせるモチベーションを与えるこう言ったゲームはまさにアイディアの勝利以外の何物でもないでしょう。

それにしても、このリアルタイムに現地の気象情報と組み合わせるやり方は流石にデータ・カンパニーと言えるだけのものはありますね。これで寒い日に氷ポケモンを拾いに外に行く人達が増えるかな?

Nianticのような大量のデータをWizardの様に取り扱えるスマートな技術者集団には毎度毎度怖れ入ります。
全世界のポケモンGOやIngressを流れるデータの処理量というのはまさしく驚異的なレベルである事は間違いないはずなのですが、そのtransactionをきちんと支え続ける能力にはホントに感心します。

ポケモンが続く限りは、今後も少なくとも十年間にわたって進化し続けるであろうこのゲーム。俺も生きている限りはこれをちょこちょこしていこうと考えております。

オジサンの趣味はコレといった特定のものはないのですが、結構あれこれとやりたいことの幅は広いのでした。

2017年12月10日日曜日

そろそろ娘がやって来る・・・

恐ろしいことですが、アメリカから次女がやってくるのがもう目前に迫ってまいりました。

ほんのこの前、アメリカに帰っていったはずですが、もう年末。この年末と正月は娘にとって初めて日本で迎える年の瀬と新年なのです。もちろん息子にとってもほぼ20年振りでして、今までカウントダウンと言えばアメリカで迎えていた”ミラーボールがタイムズスクエアなんかでスーーッと動いて、花火が上がって皆がキスをして大騒ぎ”と言うパターンだったのですけど、大幅に変わります。

今年は間違いなく嫁さんにとっての長年の夢であった”紅白歌合戦を日本で視る”という(訳のわからない)行事を挟んで熱田神宮などへのお参りをしなければなりますまい。

娘達にとっては正月に賽銭を投げ込むような行いというのはまさしく遠い国の出来事以外の何物でもありませし、きっと興味を持ってくれるとは思うのですが、果たして寒空の下、行きたがるや否や、興味深いところです。元々が極端な怠け者ですので、寒くて人がたくさん集まりすぎて・・・などという場所には行かないかも?それとも一回くらいは”懲りる”という経験を積むというために行くかもしれませんね。

もちろん除夜の鐘も彼女にとっては???な行事でありまして、そういった日本人なら当然常識として知っていること等への細かな説明もしてやらなければなりますまい。

来名中の私の両親ともシンクロしますので、その間はきっとやたらと賑やかというかウルサイ日々が我が家を襲うことでしょう。私としては次女が日本に来るとアレコレ食ったり買ったり遊びに出かけたりで金も時間もかかりますので、大人しくアメリカでクリスマス休暇を過ごしておいて欲しいところなのですが・・・。言うこと聞く訳ありませんし!w

取り敢えず、嫁さんは娘の帰国のことを話すときには「面倒くさいな〜」等とは言いつつも、やはり顔にはそれなりに楽しみ〜という感じが滲み出してきております。まあ、当然ですが。

何はともあれ無事に帰国して欲しいものです。

2017年12月9日土曜日

四回目の忘年会

実は一昨日も病棟の忘年会(三回目)があったのですが、昨夜は連続で四回目の忘年会が行われました。

場所は千種に有る陳建一の四川飯店。
実は病院の医師の忘年会というのは例年、高級寿司店だったのですが、その店が廃業してしまったので今年からは通常は夏の納涼会に使う店を冬にも使うことになったのでした。

しかも、今年は医師の一人が四川料理の辛味に大変弱いということで、その特徴の一つである辛味が消された四川飯店の料理が出るという奇妙なメニュー。w
なんというか、お客さんの無茶な要求にも応えてくれるタイプのお店のようで、本来の特徴を殺してまで、お客さんが満足してくれるものを提供することが出来ればそれで良いとしているのでしょうね。

今年を締めくくる理事長先生のお言葉の後には早速食事とワインが次々に出てきたのですが、確かに”全く”辛味が抜かれていましたね〜。これを四川料理と呼べるのか否かは私にはわかりませんが、確かに美味しかったのでそう言うところは流石にプロの味なんでしょうね。

全てが終わった後に通常は話す機会の無かった精神科の先生に誘われてちょっとモツ鍋屋の暖簾をくぐってちょっとだけつまみ食いをしつつ、普段は口にしない種々の話がその先生方の口から大いに出てきて大変楽しめました。

今日も終わって気がつけば午前様。
体に良くないことは来週の水曜日の最後の飲み会までは発生致しません。w

あとはクリスマスを楽しむばかりですね!

2017年12月8日金曜日

高齢者の死に思う

日本の超長寿を支える高度な医療技術の数々。

もちろんその技術にはいろいろな幅とアプリケーションが有るわけですが、病院にいる超高齢者の多くはかなりの割合で人工的な栄養や水分摂取に頼って延命しているというのが実情です。

国によっては経口摂取ができなくなった時点でもうそのようなことはしない、と割り切ってしまう国が多いのですが、日本全国に散らばる”療養病棟”では実際のところ胃瘻、経鼻チューブ、IVHが色々と混ざったアプリケーションで毎日のように延命が行われております。

それが良いかどうかというのは別にしても、技術的には可能ですので、親族の方が居られない方も、また、居られる上で更に延命を望まれる方には特に強い目的を持って、これらの技術は使われております。
実際に医師だけが集まるネット上のフォーラムではこれらの処置に関しては”自分が関わっている医師も含めて”批判的な意見が多数を占めているのが現状なのですが、実際に日常の現場に戻ると・・・というジレンマを抱えているわけです。

これが日本の長寿を支えている大きなファクターの一つなのですから、果たして日本の平均寿命というのにはどれほどの意味があるのかと誰もが疑問に思うことでしょう。もちろん私もそういった疑問は抱いているのですが、高齢者の療養者病棟に戻ればそういう疑問を強く持つ己自身がやはりそのような方法を使ってしまうという大きな矛盾。

自然に、痛み無く、可能であれば自宅や親しい方々に囲まれて最後を迎えると言うのは理想ですが、全部とは言わないまでもそのうちの一つでも、二つでも達成した上での最後を迎えることを国民のコンセンサスとして広めていくのは大切な教育だと思います。まあ、難しい問題ですので、そう簡単に割り切れるものではないのですが・・・。

健康寿命の延長こそが本当の国民自身の目的の一つなのでしょうが、実際のところ寿命という押し返せない細胞のタイマーを巻き戻すだけの医療技術はまだまだ目の前には登場していません。老いても生きたいという望みと、愛する人を生き永らえせたいという思いがあるのはこれまた自然、しかしそこには何らかの哲学と倫理が必要な時代になっています。

自分のファミリーはどうかと言うと、自分の両親も自分も75過ぎてものが食えなくなるような事態になったら、そのまま最低限の輸液だけでゆっくり自然に逝きたいというコンセンサスが既に成り立っております。

2017年12月7日木曜日

なんと一等賞!

第二回目の忘年会でした。

今日は内科の別の病棟の忘年会。
正直、いろいろな意味でしがらみのある病棟ですので、何か良からぬ攻撃でも受けなければよいが〜等とボンヤリ考えていたのですが、最初から最後までウェルカムという感じで楽しい忘年会になりました。

基本的には寿司刺し身が中心でしたが、日頃はあまり話す事もない人と席を並べ、若い人や年配の方といろいろ話をしているうちに知らない話、興味深い話、まず普通なら出てこないような本音の話が出てきて実に有意義な会合でした。
やっぱり物理的な距離というのは人の心を開く場合の大切な要素だって事を改めて実感したのでした。

ある程度時間が経った時、幹事の司会者役の女性が始めたビンゴゲーム。私に配られたカードは”何となくラッキーなオーラ”を感じていたのですが、7つくらい開けたところでいきなり効率良くビンゴとなってしまいました。
周りの女性陣から「うそ〜〜!ズルイ〜!」と言う声が聞こえてきましたが、再チェックしてもらってもヤッパリビンゴは間違いなく、一等賞のでかい箱をいただきました。

中身を開けろ開けろ!との声に押されて見せましたところ、パンが一度に四枚焼けるサイズのオーブントースターが入っておりました。嫁さん的には喜んでくれたのでまあ、良かったのですが、医者が勝ってしまったので一年は言われそうです。w

きちんとした一次会が終わって”これで帰るべい”と思っていたところで、いきなり7人の若手男性陣(放射線科の技師さん、社会課の若手、医事課の担当者)から囲まれて「さあ、先生行きますよ〜!」となりました。
オイオイ!とは思いつつも、酒を飲める医者は俺一人と言う状況でしたので、これは俺が行かねばなるまいと言う感じで野郎共の誘いに一口乗りました。

病院のすぐ近くにある居酒屋では一次会とは違い女性陣が一人も居りませんでしたので、ボーイズ達の本音トークが炸裂し、仕事の中での悩みや相談事、個人の四方山話などで有り得ないくらい盛り上がった数時間となりました。

家に帰ったのは午前様で、床暖房の上にズコッと寝転がってそのまま朝を迎えた”ただの酔っ払い”でした。