2017年12月11日月曜日

そろそろ娘がやって来る・・・

恐ろしいことですが、アメリカから次女がやってくるのがもう目前に迫ってまいりました。

ほんのこの前、アメリカに帰っていったはずですが、もう年末。この年末と正月は娘にとって初めて日本で迎える年の瀬と新年なのです。もちろん息子にとってもほぼ20年振りでして、今までカウントダウンと言えばアメリカで迎えていた”ミラーボールがタイムズスクエアなんかでスーーッと動いて、花火が上がって皆がキスをして大騒ぎ”と言うパターンだったのですけど、大幅に変わります。

今年は間違いなく嫁さんにとっての長年の夢であった”紅白歌合戦を日本で視る”という(訳のわからない)行事を挟んで熱田神宮などへのお参りをしなければなりますまい。

娘達にとっては正月に賽銭を投げ込むような行いというのはまさしく遠い国の出来事以外の何物でもありませし、きっと興味を持ってくれるとは思うのですが、果たして寒空の下、行きたがるや否や、興味深いところです。元々が極端な怠け者ですので、寒くて人がたくさん集まりすぎて・・・などという場所には行かないかも?それとも一回くらいは”懲りる”という経験を積むというために行くかもしれませんね。

もちろん除夜の鐘も彼女にとっては???な行事でありまして、そういった日本人なら当然常識として知っていること等への細かな説明もしてやらなければなりますまい。

来名中の私の両親ともシンクロしますので、その間はきっとやたらと賑やかというかウルサイ日々が我が家を襲うことでしょう。私としては次女が日本に来るとアレコレ食ったり買ったり遊びに出かけたりで金も時間もかかりますので、大人しくアメリカでクリスマス休暇を過ごしておいて欲しいところなのですが・・・。言うこと聞く訳ありませんし!w

取り敢えず、嫁さんは娘の帰国のことを話すときには「面倒くさいな〜」等とは言いつつも、やはり顔にはそれなりに楽しみ〜という感じが滲み出してきております。まあ、当然ですが。

何はともあれ無事に帰国して欲しいものです。

2017年12月9日土曜日

四回目の忘年会

実は一昨日も病棟の忘年会(三回目)があったのですが、昨夜は連続で四回目の忘年会が行われました。

場所は千種に有る陳建一の四川飯店。
実は病院の医師の忘年会というのは例年、高級寿司店だったのですが、その店が廃業してしまったので今年からは通常は夏の納涼会に使う店を冬にも使うことになったのでした。

しかも、今年は医師の一人が四川料理の辛味に大変弱いということで、その特徴の一つである辛味が消された四川飯店の料理が出るという奇妙なメニュー。w
なんというか、お客さんの無茶な要求にも応えてくれるタイプのお店のようで、本来の特徴を殺してまで、お客さんが満足してくれるものを提供することが出来ればそれで良いとしているのでしょうね。

今年を締めくくる理事長先生のお言葉の後には早速食事とワインが次々に出てきたのですが、確かに”全く”辛味が抜かれていましたね〜。これを四川料理と呼べるのか否かは私にはわかりませんが、確かに美味しかったのでそう言うところは流石にプロの味なんでしょうね。

全てが終わった後に通常は話す機会の無かった精神科の先生に誘われてちょっとモツ鍋屋の暖簾をくぐってちょっとだけつまみ食いをしつつ、普段は口にしない種々の話がその先生方の口から大いに出てきて大変楽しめました。

今日も終わって気がつけば午前様。
体に良くないことは来週の水曜日の最後の飲み会までは発生致しません。w

あとはクリスマスを楽しむばかりですね!

2017年12月8日金曜日

高齢者の死に思う

日本の超長寿を支える高度な医療技術の数々。

もちろんその技術にはいろいろな幅とアプリケーションが有るわけですが、病院にいる超高齢者の多くはかなりの割合で人工的な栄養や水分摂取に頼って延命しているというのが実情です。

国によっては経口摂取ができなくなった時点でもうそのようなことはしない、と割り切ってしまう国が多いのですが、日本全国に散らばる”療養病棟”では実際のところ胃瘻、経鼻チューブ、IVHが色々と混ざったアプリケーションで毎日のように延命が行われております。

それが良いかどうかというのは別にしても、技術的には可能ですので、親族の方が居られない方も、また、居られる上で更に延命を望まれる方には特に強い目的を持って、これらの技術は使われております。
実際に医師だけが集まるネット上のフォーラムではこれらの処置に関しては”自分が関わっている医師も含めて”批判的な意見が多数を占めているのが現状なのですが、実際に日常の現場に戻ると・・・というジレンマを抱えているわけです。

これが日本の長寿を支えている大きなファクターの一つなのですから、果たして日本の平均寿命というのにはどれほどの意味があるのかと誰もが疑問に思うことでしょう。もちろん私もそういった疑問は抱いているのですが、高齢者の療養者病棟に戻ればそういう疑問を強く持つ己自身がやはりそのような方法を使ってしまうという大きな矛盾。

自然に、痛み無く、可能であれば自宅や親しい方々に囲まれて最後を迎えると言うのは理想ですが、全部とは言わないまでもそのうちの一つでも、二つでも達成した上での最後を迎えることを国民のコンセンサスとして広めていくのは大切な教育だと思います。まあ、難しい問題ですので、そう簡単に割り切れるものではないのですが・・・。

健康寿命の延長こそが本当の国民自身の目的の一つなのでしょうが、実際のところ寿命という押し返せない細胞のタイマーを巻き戻すだけの医療技術はまだまだ目の前には登場していません。老いても生きたいという望みと、愛する人を生き永らえせたいという思いがあるのはこれまた自然、しかしそこには何らかの哲学と倫理が必要な時代になっています。

自分のファミリーはどうかと言うと、自分の両親も自分も75過ぎてものが食えなくなるような事態になったら、そのまま最低限の輸液だけでゆっくり自然に逝きたいというコンセンサスが既に成り立っております。

2017年12月7日木曜日

なんと一等賞!

第二回目の忘年会でした。

今日は内科の別の病棟の忘年会。
正直、いろいろな意味でしがらみのある病棟ですので、何か良からぬ攻撃でも受けなければよいが〜等とボンヤリ考えていたのですが、最初から最後までウェルカムという感じで楽しい忘年会になりました。

基本的には寿司刺し身が中心でしたが、日頃はあまり話す事もない人と席を並べ、若い人や年配の方といろいろ話をしているうちに知らない話、興味深い話、まず普通なら出てこないような本音の話が出てきて実に有意義な会合でした。
やっぱり物理的な距離というのは人の心を開く場合の大切な要素だって事を改めて実感したのでした。

ある程度時間が経った時、幹事の司会者役の女性が始めたビンゴゲーム。私に配られたカードは”何となくラッキーなオーラ”を感じていたのですが、7つくらい開けたところでいきなり効率良くビンゴとなってしまいました。
周りの女性陣から「うそ〜〜!ズルイ〜!」と言う声が聞こえてきましたが、再チェックしてもらってもヤッパリビンゴは間違いなく、一等賞のでかい箱をいただきました。

中身を開けろ開けろ!との声に押されて見せましたところ、パンが一度に四枚焼けるサイズのオーブントースターが入っておりました。嫁さん的には喜んでくれたのでまあ、良かったのですが、医者が勝ってしまったので一年は言われそうです。w

きちんとした一次会が終わって”これで帰るべい”と思っていたところで、いきなり7人の若手男性陣(放射線科の技師さん、社会課の若手、医事課の担当者)から囲まれて「さあ、先生行きますよ〜!」となりました。
オイオイ!とは思いつつも、酒を飲める医者は俺一人と言う状況でしたので、これは俺が行かねばなるまいと言う感じで野郎共の誘いに一口乗りました。

病院のすぐ近くにある居酒屋では一次会とは違い女性陣が一人も居りませんでしたので、ボーイズ達の本音トークが炸裂し、仕事の中での悩みや相談事、個人の四方山話などで有り得ないくらい盛り上がった数時間となりました。

家に帰ったのは午前様で、床暖房の上にズコッと寝転がってそのまま朝を迎えた”ただの酔っ払い”でした。



2017年12月6日水曜日

医療訴訟によくある話・・・

臨床医に戻ってはや四年弱。
私自身は幸いにして医療訴訟に巻き込まれるような事態にはなっておりません。

ところが、近場で働かれておられる先生の中にはそのような訴訟に直接・間接に関与されておられる方々も数人おられます。医療行為の中の傍証や判例、議論の応答をされる為の証人として出廷したり、単に答弁書作成の手助けをされたり、弁護士に依頼されて答弁書の一部を責任を持って手助けしたり。

ほんとうに色々な形での関与の段階があるものだなと実際のところ驚くばかりですが、実際に被告になられている方はやはり御本人自身のお話となります。非常に真剣にまさに”食い入るように”訴訟の文面を読まれている姿をお見受けすると、そう言ったインシデントの重大さはまさに明日は我が身となる可能性を含むものだなと思ってしまいます。

特に、ある程度の年齢層以下(例えば75歳よりも若い方等)での急死例などは、例え搬送直後であったとしてもやはり家族や親族などから、何らかの形で訴えが起こされることが多い気がします。(統計を見たことがないのでハッキリとはわかりませんが、周囲の話、又聞きを含むとそんな印象を受けます。)

実際にその訴訟を起こす人達の中身を見てみると、実は毎日病院に来てたり、毎週のように顔を見せている人達が原告になっている事は意外に少ないという印象です。

密に顔を合わせ、医師から直接その治療内容の説明を聞いていたり、日常の看護や診療を観察されている方は最後の瞬間にあたっても十分納得されてその最後を見届けられることが多く、”これ以上の治療を望まない”とか、死後の解剖は行わないでこのまま送ってあげて下さい、等というお話をされての最後のお別れというのが多いのです。

私の周りに起きている精神科関連の裁判で実際に訴訟を起こす方の中には「今まで兄弟親族として患者さんの存在を一切無視して関わりを絶ってきた人達」「患者さんが元気な時に何十回連絡をしても一切連絡を寄越さなかったのに、亡くなられた後になってピョンと飛び出してきて、いきなり訴訟を起こしてくる方」などが本当に居るのです。

私個人としては医者としてと言う以前に人として、一体この人達はナニモノ?言う気持ちが有りはするのですが、私は内科医ですのでこういった精神科に患者さんを預けている御家族の気持を推し量る事も出来ず、じっと観察するのみです。
しかも、実際に歴史を紐解くと”酷い”精神科病院もありましたので、怒る方の中にはいろいろな意味でそういった情報が頭のなかに怒りの膨らし粉として入ってしまうのかもしれません。

何れにしても、是々非々で正しく物事が裁かれることを祈るばかりです。

2017年12月5日火曜日

才能X努力=天才

羽生永世七冠誕生!

ニュースを聞いて遂に来たかと思いました。15歳でプロになってからの破竹の進撃は誰もが知るところですが、それを47歳の今でも続けることのできる知力、精神力、そして体力に敬礼です。30年間にわたる覇王の偉業とでも言うべきでしょうか。

もともと随分前に七冠達成という偉業を成し遂げていましたが、その後も勝利を重ね続けて遂に想像の遥か上を行く”永世”七冠という永遠に他の誰もが届かないと思われるタイトルを授けられました。最後に勝った竜王は渡辺竜王という”竜王と言えば渡辺竜王”と言うくらいの強者ですが、その渡辺竜王にも羽生永世七冠と谷川名人の指す棋譜に「あまりの名局に感動して動けない」などと言わせる程の力を持つわけで、今後この羽生さんを超える人というのは出てくるんでしょうか。

才能は当然のごとくありながら、ありとあらゆる方法で勝負の質に磨きをかけつつ将棋界全体のために自らの戦法の解説を全く惜しまないというのは言ってみれば”次元の違う強さ”を持つ者のみが許される将棋に対する方法論なんでしょうね。数学の望月新一教授もabc予想の研究では、すべての最新の方法論を数学者に開陳しながら前進し、理解して自分よりも先に行ってくれるならそれは喜び・・・と語るようなレベルの人ですが、私にはこの二人の天才にそのような”自分の解き明かそうとする世界の進歩”に対する同じ熱い思いを見る気がしました。

もともと才能のある人が、まさに水を得た魚のようになれる世界へ幸運を得て没入し、ありえないほどの知能と情熱を傾けて没頭した世界の先に見えている何かを掴もうとする姿は凡庸を絵に描いたような私には全く理解できないものですが、世の中にあまたいる”賢い”と言われる人達もこの努力を傾けるに相応しい世界を見つけることが出来なかったり、何らかの形で挫折してしまったりする人がほとんど。

真の苦難を含めて克服できるほどの精神力を持つほどの人は世の中には実際はまずおらず、そこそこの喜びを得ることで一生を終える人が世の中のほぼ全てであることを考えると、こういった天才の発言には刮目して記憶すべきものがたくさんあると感心した一日でした。

それにしても羽生先生とAIが対戦するのはそろそろと言われ続けて随分経っておりますが、それは近々起きるのでしょうか。

2017年12月4日月曜日

悪魔の睡眠誘導装置

冬になるとあったかい所、温かいものが恋しくなります。

それは寝床に関しても同じ。去年まで我が家にあった暖房装置と言えばお風呂と床暖房と布団乾燥機のみでした。w
凍えるような一人寝の夜にベッドの上の布団を布団乾燥機で15分ほど温めておいてベッドに飛び込んだ時の至福の瞬間は何ものにも代えがたい素晴らしい肌触りを提供してくれます。

今年は霧ヶ峰を一気に三台導入したので、昨年までのような激冷え・酷寒の様な状況は既にどこにもないのですが、あの寒さの中では床暖房だけでは効きが足りずリビングで寝ることも出来ず、結局は自分の体温でなんとか朝まで凌ぐという世界でした。

さて今年は・・・。
暖房がついた中で家族が生活しているわけですが、この空気自体がある程度温かい中での床暖房の気持ち良さはちょっと危険なほどだということに気が付きました。部屋全体の空気が冷え冷えする中では床暖房は明らかに実力不足なのですが、部屋の空気の差が床暖房をこれほどまでに異常に睡眠を誘うものだとは今の今までまことに気づきませんでした。

これほどまでに強い眠りを誘われたのは、私の経験ではアメリカでインプラント治療をした時に骨をグリグリ削った後に渡されたオキシ・コンチンを飲んでソファに引きずり込まれるようにぶっ倒れたときくらいでしょうか?

リビングを二分割する床暖房の上にちょっとでも横になろうものならそれはそれは映画”ジュマンジ”(マイナーすぎ!)の砂地獄のような落下を体験できますが、この感じ方はやっぱり猫も犬も同じようで、我が家の同胞達もそれはそれは魂を抜かれたような顔をして横たわっておられます。ハイ。

2017年12月3日日曜日

息子に初スーツを!

今朝は犬の散歩を兼ねて再びモリコロパークへ行きました。

この儀式自体はどちらかと言うと犬に散歩をさせて、その間にウンチをさせておくというもの。それによって我々が外出している間にこの前起きたような”惨劇”の回数を減らそうというものです。w
実際、このあとは夕方から息子のスーツを買いに出かける予定でしたので、頑張りました。

今回息子にスーツを買いに行く理由はシンプルで、今回の両親の来名に備えて彼自身もスーツを着て一緒に写真に収まろうというもの。カジュアル・スーツなら一着持っておくのは今後のいろいろな行事のことを考えれば、まあ、二十過ぎた大人としては良いことだと思いますので。オシャレ着としても使えますからね。

藤が丘駅のすぐ傍にあるスーツの専門店へ行きました。息子は細身なので、一番スリムなものの中から選択していきましたが、比較的すぐに良いデザインのものが見つかりましたので、店員のお姉さんに頼んで試着させてもらいました。
着せてみると案の定というかなんというか”激スリム”で、彼のお父さんとは随分と体型が異なりますな。(遠い昔、彼の父親も昔は痩せてたんですが・・・。orz)
という訳で以下の写真がその時試着したスーツです。
まだネクタイもせず、ボタンも全部キチンと留めているわけではないので、イメージを掴むためだけのマッチングの過程ですが、なんだか父親とは随分違うなというのが、その父親の印象です。w
仕上がりは充分写真撮影に間に合う頃だということでしたので安心してオーダーしてお店を出ました。

この後は嫁さんのリクエストに従って藤が丘にある串焼き屋さんへGO!三人で腹一杯食べて、安ウイスキーをボトルキープまでして一万円ちょっとでした。大変満足して皆が家路につきました。

ちなみに家に帰り着いた時、惨劇は起きておりませんでした。めでたしめでたし。
ε-(´∀`*)ホッ

2017年12月2日土曜日

夢のない生活なんて

病院で今日の忙しい仕事を終えて考えることがありました。

仕事をしつつも日常の中でやりたい夢が出来なくなったりしなくなったら”終わり”だなって。まずやりたいことが有るか無いか、そして次にはやりたいことを達成できるか否か。その事を次々に検討しながらも絶対に自分の人生のターゲットからそれを無くしたくありませんね。

日常の仕事をしながら右から左へ事務的に物事を処理するだけでは一人の人間としてはただの歯車。しかもレベルの低い歯車です。可能であれば物事の本質に迫るような、システムの状態を変えるような、新たな驚きをもたらすような仕事がしたいと常に思ってはいるものの、なかなか本人の実力がそれを許しません。w

それでもやっぱりチャレンジをやめないという「諦めの悪さ」は私にとっての大切な一本の本質。
普通の考え方からすれば”無理じゃない?”というような出来事に対するチャレンジをやめたいと思ったことは一度もありません。頭がおかしいと言われたり、変なやつ等と言われるのは全く気にもならないことですが、自分の中にあるチャレンジする心が枯れてしまうのは本当に恐ろしいことだと思います。

年令に関係なく常に挑戦する気持ちを捨てない!逆に言えば十代であっても、その気持ちが消えた人というのはもう既に人生においては心が歳とってしまった人たちといえるのではないでしょうか。そうならない日々を贈りたいと改めて思った今日の一日でした。

2017年12月1日金曜日

一回目の忘年会

今日は実質的に今年初めての”病院関係者”との忘年会でした。

精神科のある病棟から誘われた飲み会だったのですが、実際は既に忘年会を2つ断って居るにもかかわらず既に4つの忘年会が10日間ほどの間にあり、暴飲暴食は避けなければなりません。
この回数が多いか少ないかは相対的なもので、職位の高い理事長などは本当に”義理”レベルの出席が次から次へと続いており、一晩に二、三箇所の別々の忘年会をハシゴしなければならないようなベラボウな忙しさのようです。

アメリカに居た頃は本当に忘年会という行事ごとまるっきり忘れて過ごした時期でしたが、ここ日本に戻ってからはそれから逃げることはちょっと難しいですね。

最近は大量の人間が集まってワイワイやるというような行事自体が若い人達とは馴染みがなっている様で、今多いのはたとえ飲みに行く若い人達でもグループの数は精々六人くらいまでというのが多いようです。
しかも、特定のグループと始終行くというパターンが多いようで、親しい仲間はより一層親しくなるという付き合い方のようです。

さらに私のような歳になってくると、まあ付き合いというのは”それなり”に必要になるわけで、割り勘要員としての出席も必要になりますからね。また、自分の働く責任病棟での忘年会はもう一段必要性の高いコミュニケーションの場として、日頃は話せない、また余り話す機会の無い看護師さん達などの話し辛い本音を聞く良い機会でもあるのです。実際、そこでの話が業務の改善に繋がったこともありましたので結構大切です。

アメリカに居た頃はこの時期は次第に皆が浮足立ってきて、クリスマス・パーティーに何を持ってくるかを話し合うような時期でしたが、日本ではポットラック・パーティーは普通何となく無い感じですね。(小規模なポットラックは行いますが!)

アッという間に迎えたこの師走。今年一年を無事にまとめるとともに来年に向けて何を新たに習得していくのか考えていく時期でもあります。まだまだ足りない勉強を、なんとか足りない脳みそを使って行なっていくしかありません。来年はもっとエコーとカメラのスキルを上げていきたいものです。